虚々実々のシャーロックホームズの世界

テーマ:「虚々実々のシャーロックホームズの世界」

平成18年4月例会
ゲスト/河村 幹夫先生

◆ シャーロック・ホームズとの縁

 1981年から1986年までロンドンで金属の先物取引をする三菱商事傘下の会社を経営していたが、ロンドンの金属取引所は一種のギルド的白人社会でかなり閉鎖的なため、アジア人である自分にとってはなかなか溶け込めにくかった。そこで何か共通の話題をと考えたのが、シャーロック・ホームズである。

 シャーロック・ホームズは100年ほど前にロンドンで活躍した探偵で、ロンドンっ子にとっては非常にポピュラーなキャラクターだったから、私が彼について勉強していると分かると、喜んで教えてくれたりするようになり、白人社会にも溶け込めるようになったと思う。しかし、方便だったはずのシャーロック・ホームズの魅力にはまり、任期最後のころには、取引所の仲間から第一級のシャーロック・ホームズ通と認められるほどになっていた。

◆ ホームズの活躍した英国の時代背景

 シャーロック・ホームズ最初の事件は1900年のことで、活躍したのは20世紀初めということになる。ヴィクトリア時代の終わりのときで、日の沈まない国と呼ばれたイギリスの全盛期の末期にあたり、新興国ドイツとの軋轢が次第に大きくなっていく時期でもあった。ただ、世界の経済の中心だったロンドンを見回しても、富んだ人は10パーセント、残りの90パーセントは相変わらず貧乏という格差社会だった。当時ロンドンに住んでいたカール・マルクスは革命が起こると考えたが、イギリスに革命が起こらなかった要因は、大変厳しい刑罰主義と、ボランティアを推奨する宗教心にあるといわれる。さらに大きいのは、最下層と上流層との中間にあった中産階級の存在である。非常に上昇志向の強い層で、勤勉でよく働く社会の安定層の存在が抑止力となったようだ。

 富裕層の関心事はさらに金を儲けることで、新たな富を見つけよう、投資をして金をさらに増やそうという思いが強く、大変冒険心に富んでいた。一方、スラムに住む最下層階級の人たちの関心事は犯罪だった。シャーロック・ホームズが関心を持ったのは犯罪だが、彼がオフィスを構えたベーカー街は上流階級の住むところであった。

 その上昇志向は作者がミドルクラスだったことにあると思われる。

◆ コナンドイルの考え方

 作者のアーサー・コナンドイルは、家系はアイルランドだが生まれはスコットランドのエジンバラで、後に活躍したのはイングランドのロンドンである。マイノリティのカトリック教徒で、英国国教が中心のイングランドでは不自由があった。コナンドイルは医者となったのだが、多数派の国教徒は国教徒の医師にかかるというすみわけがあったし、治療法にしても、死を前提とした積え方だ。第一次大戦でドイツを懲らしめるという気軽な気持ちで戦地に赴いた夫や息子が戻らないとなって、流行ったのが心霊主義である。コナンドイルの周辺にも亡くなった人が多く、霊媒に死者と彼しか知らないことを語られて、心霊主義に走ることになったのである。

 コナンドイルは離婚法に賛成するなど、進歩的とされるが、実は英国の繁栄のベースには健全な家庭があり、家庭が崩壊することがイギリスの致命傷になると考えていた。家庭を放置して顧みない夫の存在が現実なら、早く法律上離婚できて子どもを抱えた女性が新しい家庭を築けることが大切だという論理だ。一方、婦人参政権にはノーといっていた。彼の頭には外で働く男と家庭を守る女という図式ができていたからだ。

 私たちがイギリスを理解するためには、こうしたヴィクトリア時代のイギリスの考え方をもう一度よく検証しなければならない。そんな意味でも、その時期に活躍したシャーロック・ホームズに興味を持つこともいいのではないだろうか。

河村 幹夫氏河村 幹夫 氏
多摩大学研究科教授・ロンドンシャーロックホームズ協会員

一橋大学経済学部卒業。

三菱商事株式会社にて米国・カナダ・イギリスで海外勤務を経た後、
同社取締役となり新設の情報産業部門を担当。

1994年退任後、多摩大学教授となり現在に至る。

趣味:シャーロック・ホ−ムズ研究。