分水嶺に立つ日本の政治

テーマ:「分水嶺に立つ日本の政治」

平成14年7月例会
ゲスト/中曽根 康弘 先生

◆歴史観にたった展望力で改革の意思を貫け


 史観と宗教性が政治思想を作る。

ゆえに政治家は、この両者をもって展望力を養うべきだろう。まず、歴史的観察の目で、現在考えなければならない3点について述べたい。

 第一は、米経済についてである。エンロンやワールドコムなどの問題で株式相場は下がるなど、経済システムのほころびを露呈し、米バブルも破綻したようだ。日本では土地バブルだったが、米はいわば金融バブル。消費者も直接、株・債権などの金融に関わっており、相場の下落は消費意欲に直結する。日本の輸出にも響いてくる。そうした現象が起こるか起こらないかを展望するのが、政治家や経営者の仕事である。

 第二は、国会の現状である。汚職や不正行為が露見して、国会の場は与野党の喧嘩で終わっている。法案の審議内容より、泥仕合のような喧嘩が報道される。しかも世界情勢は難しくなっているときに、日本の安全や外交についての、耳を傾けるべき質間もない。

 第三は、国際情勢の変化である。最大の変化は、米ロ関係の軟化だ。アフガン戦争の折、ロシアは米軍の通過を許した。核軍縮やABM条約など、もはやロシアが米の敵国ではなくなった。一方、中国はアセアンにすりより、熱帯産品の関税をゼロにした。日本が工場進出先を中国にしつつあり、アセアン諸国が脅威を感じていることも背景にはある。今後の日本のアジア政策としては、アセアン10カ国に中国韓国日本を含めた広い東アジアの協商関係の構築に努めながら、文化・教育も含めた包括的な関係を建設すべきだろう。

 次に、日本の歴史的現在がどういうものか考えたい。戦後のマッカーサー体制が残した功罪として、まず防衛や国家意識を捨て経済のみに走ったため、教育の崩壊にも繋がってしまったマイナス面がある。プラス面は、米経済との価値と利益の一体化を図り、膨大な市場と科学技術を手に入れる機会を作り、高度経済成長につながった点だ。

その後90年代までは、保革対立の時代となる。当時は冷戦構造があり、ソ連よりの社会党は次第に追い詰められ、自民党の長期安定政権の時代が続いた。ところが、戦後50年の自民党政治の金属疲労が露呈し、2000年までの10年間は連立内閣の時代となった。冷戦構造が終わり各国が独自路線を模索しており、その表れといえる。

そして世紀末の10年には、まず政治のバブルが崩壊したことで腐敗が起こり、国としてのアイデンティティの確立を怠り、その償いが昨今の政情だ。さらに経済バブルの崩壊。その責めは護送船団方式の失敗といっていい。銀行と大蔵省に大きな責任がある。3番目は社会のバブルの崩壊で、犯罪の激増、教育の崩壊もある。

 政治経済社会のバブル崩壊に適切な治療を施さない政治への国民の憤酒にさらに火をつけて天下をとったのが、小泉政権といえよう。戦後から21世紀の大きな歴史の流れの大きな転換点だからこそ、小泉内閣の頑固な姿勢は意味が大きいと思っている。安全保障面での前進と経済の舵取りの不慣れ、教育改革の遅れなど功利相半ばするところだが、抜本改革の基本姿勢は変えず、21世紀の日本の国家像を示すことが今の政治に課せられた大きな仕事なのである。

野田 健 氏中曽根 康弘 氏
元総理大臣

大正9年  群馬県出身
昭和16年 東京帝国大学卒業 内務省入省
昭和22年 衆議院議員初当選
昭和34年 第2次岸内閣で科学技術庁長官
昭和47年 第1次田中内閣で通産大臣
昭和57年 内閣総理大臣
平成9年  大勲位菊花大綬章受賞
平成15年 議員引退表明